標準ズームレンズは著しく逆光に弱い
(見過ごされているレンズフードの重要性)
2020/2/3:発行
はじめに
こんな写真を、たまに見たり撮ったりしませんでしょうか?
SONY α99 Ⅱ + Vario-Sonnar T* 24-70mm F2.8 ZA SSM(焦点距離50mmで撮影)
ご存知の通り、これは直射日光がレンズ表面に直接当たったために、レンズ内部でハレーションが発生しコントラストの低下した写真です。
当然ながらこれは逆光で撮った時に起こり易いのですが、もう一つ発生し易い条件があります。
カメラ雑誌やネット記事には一切触れられていませんが、それはズームレンズ、特に標準ズームレンズを使った場合に最も起き易いのです。
上の写真の撮影に使ったSONY α99 ⅡとVario-Sonnar T* 24-70mm F2.8 ZA SSM
なぜ標準ズームレンズはハレーションが発生し易いのか、そしてそれを防ぐにはどうすれば良いのかについて、これからじっくり述べたいと思います。
どうせレンズフードの話だろう思われたらその通りなのですが、幾何学的な図を入れて分かり易くしたつもりですので、是非最後までごお付き合い頂ければ幸いです。
標準ズームレンズ用フードの問題点
それでは先ず、なぜ標準ズームレンズにおいてハレーションが発生し易いのか、について述べたいと思います。
それに際して、(とある思惑があって)標準ズームレンズの代表格とも言える24-70mm F2.8の大口径標準ズームレンズを一通り眺めてみたいと思います。
各社の24-70mm F2.8大口径標準ズームレンズ
これが全てではないのですが、少なくとも大口径標準ズームレンズにおいては、太いのと長めのとの2種類が存在する様です。
後々の布石のためにもう少し捕捉しておきますと、一番右端と右から3番目のレンズはニコンのレンズです。
また、このクラスのレンズは各光学メーカの代表選手とも言える存在ですので、レンズのコーティングや内部の反射防止対策は、各社の最先端技術を投入しているのは間違いないでしょう。
それでは次に、それらに付属しているレンズフードを眺めてみたいと思います。
ズームレンズのフードは広角に合わせてあるため(一部のレンズを除いて)どれも浅い
するとどうでしょう。
何故かニコンの2本レンズは深めのフードなのに対して、他にレンズは(望遠端は70mmまで使えるにも関わらず)押し並べて浅いフードを採用しています。
なぜなのでしょう。
ニコンのフードが長い理由は後ほどお話するとして、他のレンズのフードが浅い理由は、当然ながらフードを深くすると広角側で画像のケラレが生じるからです。
ちなみに下が50mmの単焦点レンズ用のレンズフードですので、いかに一般的な標準ズームレンズのフードが浅いか分かって頂けると思います。
Planar T* FE 50mm F1.4 ZA用のフード
と言う訳で、(ニコンのレンズを除く)標準ズームレンズにおいてハレーションが発生し易い理由は、この専用レンズフードが浅いためなのは間違いありません。
標準ズームレンズのフードはどれほど頼りないのか
それでは次に、(ニコンのレンズを除く)標準ズームレンズのレンズフードがどれくらい頼りないのかを、図を使って調べてみましょう。
下の図は、(24-70mm F2.8の大口径ズームレンズが手元にないため)手元にあった24-105mm標準ズームレンズとその専用フードの寸法を調べて、それにどれくらいの角度から直射日光が当たったらレンズ前面に光があたるかを作図したものです。
24-105mmズームレンズの場合、太陽が70度の高さから前面レンズに陽が当たる
これをご覧頂きます様に、このズームレンズの場合、太陽の照射角度が70度になると前面レンズに直射日光が当たり始め、45度になると前面レンズの全面に太陽光が当たる事になります。
ちなみに本ズームレンズの場合、望遠端にするとレンズの先端部が50mmほど広角時より伸びるので、作図ではそのとき(望遠端)の太陽光の当たり具合を示していますが、これは広角端の場合でも同じ事です。
ではこの太陽の照射角70度とは、日常生活においてどのくらいの頻度で発生するのか調べてみます。
東京における南中時の太陽の照射角度
上の図は東京における、季節ごとの南中時の太陽の照射角度を示しています。
夏至(6月の20日前後)のときの照射角度が78度ですが、春分と秋分の日で55度です。
夏至と春分(もしくは秋分)の日は3か月離れていますので、以下の式の様に1か月で7.8度太陽が傾く事になります。
(78.4度-55度)÷3か月=7.8度/月
という事は、夏至から1か月後(もしくは1か月前)の南中時における太陽の照射角度は、70.6度になります。
という事は、夏至の前後1か月(5/20~7/20)の11時から13時頃に逆光で写真を撮れば専用レンズフードによって太陽光は遮られるものの、それ以外は少なからず太陽光が前面レンズに当たっているという事です。
夏至の前後1か月の11時から13時と言えば、多く見積もっても1年の昼間の4%ほどしかないので、昼間に逆光で撮る限り、標準ズームレンズのフードは殆ど役に立っていないという訳です。
折角数十万円もするレンズを買っても、逆光で撮ると数千円のフードがその性能を台無しにしているとさえ言えます。
当然ながら単焦点レンズであれば、その焦点距離に合った深さのフードが用意されていますので、さすがにここまで太陽光の影響を受ける事はないでしょう。
ですので、もし逆光で撮るときはズームレンズは避けて単焦点レンズを選択するのも手ですが、それでは本書はこれで終わってしまいますので、更に話は続きます。
標準ズームレンズのフードを改善する方法
それでは次に、何とか標準ズームレンズのレンズフードを改善する手立てはないのか考えてみたいと思います。
具体的には、広角端で画像がケラレないで、且つもっと太陽光を遮るにはどうすれば良いか考えてみます。
答えは至極簡単で、下の図の様にレンズフードを全体的に大きくしてやれば良いのです。
レンズフードを全体的に大きくすれば遮光効果を高める事ができる
少々分かり難い図で恐縮ですが、上の破線で示した枠が全体的に大きくしたレンズフードです。
このレンズフードが、広角端の場合と望遠端の場合で、レンズと共に前後している様子を示しています。
これをご覧頂きます様に、フードを全体的に大きくするれば、広角で画像がケラレる事なく、広角側でも望遠側で照射角45度までの太陽光を遮る事が可能になります。
もしこれが不格好でしたら、以下の様なラッパ型はいかかがでしょうか?
レンズフードをラッパ型にした方が、容積は小さくなる
これでしたら筒型より多少容積は小さくなり、筒型と同様の遮光効果を発揮できます。
最近ではガラスへの写り込み防止のため、以下の様なラッパ型の大型ラバーフードが売り出されていますので、(見てくれはともかく)手っ取り早く遮光効果を得たいのでしたら使えるかもしれません。
また、当然ながらこれよりもっと大きなレンズフードにすれば、更に遮光効果を高める事ができます。
なおこれは、何も標準ズームレンズだけに言えるのではなく、あらゆるレンズにも当てはまります。
ですので、例えズームレンズであっても(単焦点レンズであっても)、フードを全体的に大きくすれば、遮光効果を更に良くする事はできるのです。
ですが、さすがにこんなに大きなフードを屋外で使うのには抵抗がありし、携帯するのも大変です。
という訳で、次にもっとスマートに遮光性を高める方法はないかを、考えてみたいと思います。
スマートな遮光対策
それではいよいよ本記事の主題です。
この頼りない専用レンズフードを補う、スマートな遮光対策は以下の通りです。
バンドア方式
バンドアとは、舞台の照明器具に付いている遮光板の事です。
バンドア(barn door)とは納屋の扉という意味
これに似た遮光板をレンズやフードの先端に付ければ、この板の角度を変える事によって、焦点距離によって最適な遮光が可能になります。
ハレ切り方式
先ず真っ先に思い付くのは、一般的にハレ切りと呼ばれる遮光板で直射日光を遮る手ではないでしょうか。
これでしたら、取り敢えずレンズの上に、遮光板をかざすだけで対応できます。
ただしカメラを保持したまま、片手で遮光板を操作するのは至難の業ですので、何とか遮光板を保持するウマイ手を考えなければなりません。
蛇腹フード方式
三番目は、焦点距離によって伸縮できるフードです。
そんな夢の様なフードなんてあるものか、と思われるかもしれませんが、昔からそれは存在しているのです。
それが下の蛇腹フードです。
Hasselblad 500 c/m 80mm Plannar + Proshade
これを使えば、広角側で縮めて、望遠側で伸ばすといった事が可能です。
という訳で、後ほどこれらの遮光方式についてレポートしますので、気長にお待ち頂ければと思います。
その間、前段でお約束していた2件についてお話したいと思います。
なぜニコンのレンズフードは長いのか
その一つ目が、なぜニコンのレンズフードは長いのかです。
一番右と右から3番目のニコンのレンズフードはなぜ長いのか
このニコンのズームレンズは、右端が手ブレ補正機構付きのAF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8E ED VR、右から3番目が手ブレ防止機構無しのAF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8G EDです。
AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8E ED VR |
AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8G ED |
もう一度フード無しの写真を添付しますと、以下の様にいずれも他社のズームレンズよりも全長が長くなっています。
各社のフルサイズ用24-70mm F2.8ズームレンズ
なお右から2番目のレンズ(ソニーのFE 24-70mm F2.8 GM)は、他の一眼レフ用と異なりミラーレス一眼用のため、他のレンズよりフランジバック分が長くなっており、一眼レフ用で長いのはニコンの2本のレンズのみになります。
この2本のレンズが長い理由は、これらのレンズだけ広角ズームレンズの構成を採用しているからです。
ニコンのAF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8E ED VRのレンズ構成図
それに対して他のレンズは、望遠ズームレンズの構成を採用しているのです。
キヤノンのEF24-70mm F2.8L II USMのレンズ構成図
実際ニコン以外は、どれも似た様なレンズ構成で、先ほどお伝えしたソニーのレンズ構成も、上のキヤノンのレンズ構成と似ているのを分かって頂けると思います。
ミラーレス一眼用のSONY FE 24-70mm F2.8 GMのレンズ構成
ではそれがフードの長さにどう影響するかと言うと、ニコンのズームレンズは、レンズの全長が最も短いのは望遠にしたときで、広角にしたときに全長が伸びるという事です。
ニコンのズームレンズは広角のときにフード内で伸びる
更にニコンのフードは、伸び縮みするレンズ先端ではなく、伸び縮みしない鏡筒側に装着されており、前面のレンズから見ると広角の時のフードは浅く、望遠の時は深くなるという、夢の様な構成なのです。
レンズの性能を云々(うんぬん)する際、MTFだの収差だの解像度だのを気にしますが、それ以前に逆光に強い大口径標準ズームレンズは、間違いなくニコンのこの2本のレンズだと断言できます。
ニコンはこの事を全く宣伝材料にしていませんが、かなり勿体ない話です。
望遠と広角ズームは問題ないのか
さて今までは標準ズームレンズをメインに話を進めてきましたが、だったら望遠ズームと超広角ズームはどうなのでしょう。
という訳で、これらについて考えてみます。
先ず望遠ズームレンズのフードについて言えば、例えば下にある70-200mm F2.8のレンズの様にワイド端の70mmに合わせてあると言え、既に十分な長さがあります。
望遠ズームのフードは長い(写真はEF70-200mm F2.8L IS III USM)
そして更に良い事に、望遠ズームの画角の変化量は標準ズームより遥かに小さい事です。
具体的には以下の表にあります様に、24-105mm標準ズームにける画角の差は40度もあるのに対して、70-200mm望遠ズームの画角の差はたった12度しかないのです。
画角/ズームレンズ | 24-70mm | 24-105mm | 70-200mm |
---|---|---|---|
ワイド端の垂直画角 | 53度 | 53度 | 19度 |
テレ端の垂直画角 | 19度 | 13度 | 7度 |
画角の差 | 34度 | 40度 | 12度 |
これを図示すると以下の様になります。
71-200mmズームレンズの画角の差は12度しかない
この図を見て頂ければ、例え逆光で撮ったとしても、望遠ズームレンズにおいては標準ズームレンズほど太陽光が前面レンズに当たらない事をすんなりご理解頂けると思います。
次に広角ズームレンズにおいては、フードは標準ズームより更に浅くなり、画角の変化量は標準ズームと同じくらいあります。
画角/ズームレンズ | 24-70mm | 24-105mm | 70-200mm | 16-35mm |
---|---|---|---|---|
ワイド端の垂直画角 | 53度 | 53度 | 19度 | 74度 |
テレ端の垂直画角 | 19度 | 13度 | 7度 | 38度 |
画角の差 | 34度 | 40度 | 12度 | 36度 |
ですので、広角ズームレンズの方が標準ズームレンズ以上に逆光に弱いには間違いありません。
広角ズームレンズの方が、標準ズームレンズより直射日光が入り易い
ただし広角ズームレンズを日中屋外で使う場合、大半が風景写真であり、その場合余程の事がない限り順光で使うからです。
何故ならば、ハレーションが発生するしない以前に、順光の方が景色が綺麗に撮れるからです。
ポートレートでしたら逆光が好まれますが、歪みの発生する広角ズームレンズで撮るのはかなり稀でしょう。
また風景写真の狙い目である、朝日や夕日でしたら太陽そのものを撮る事になるので、レンズフード自体が必要ないからです。
と言う訳で、貧弱なフードの影響を最も受けるのは標準ズームレンズだという事で本章を締めたいと思いますが宜しいでしょうか?
まとめ
さて、それではいつもの通り最後にまとめです。
①標準ズームレンズの専用フードは、広角端で設計されているので、逆光では殆ど役に立たない。
②これを改善するには、フードを全体的に大きくすれば良いのだが、大き過ぎて実用性に問題がある。
③このため、より現実的な遮光対策は、バンドア方式、ハレ切方式、蛇腹フード方式である。
④ニコンの大口径標準ズームレンズは、レンズ構成の違いからフードが深く、遮光性に優れている。
⑤望遠ズームレンズにおいては、広角端で設計されたフードでも、ある程度の遮光効果はある。
⑥広角ズームレンズにおいては、逆光で撮る事が少なく、朝日や夕日の撮影では直接太陽が画角に入るため、フードの影響は軽微である。
少しはお役に立ちましたでしょうか?