水中での被写界深度
2020/03/09:発行
2020/03/11:訂正
2020/05/24:更新
2020/03/11:訂正
2020/05/24:更新
はじめに
水中写真を撮っている方でしたら、水中ではレンズの焦点距離が変わる事も、被写体までの距離が変わる事も当然ご存知でしょう。
水中でのNikon Fとも言えるNikonos III
実際下にありますニコノス Vの使用説明書にも、水中だと屈折率の関係で物が33%(4/3)大きく見えて、25%(3/4)近くに見えるので、実際の距離が4mだとしたら、レンズの距離設定を3mにセットしなさいと書かれています。
Nikonos Vの使用説明書の抜粋
ところで、被写界深度はどうなるのでしょうか?
ネット調べても水中では絞りを絞って被写界深度を深くした方が良いと書かれていても、被写界深度が変化するかどうかは書かれていません。
となったら、幣サイトが調べるしかありません。
という訳で、陸上と水中でスケールの写真を撮って、被写界深度がどう変わるか調べてみました。
水中写真でピント合わせに苦労されている方は、必見です。
実験
それでは早速実験開始です。
予想では、水中ではレンズの焦点距離が以下の様に4/3倍になりますので、当然それに伴って被写界深度も浅くなると読んでいるのですがどうなるでしょう。
場所\種類 | 広角 | 超広角 | 超広角 | 魚眼 |
地上 | 24mm | 18mm | 15mm | 12mm |
水中 | 32mm | 24mm | 20mm | 16mm |
陸上と水中におけるレンズの焦点距離の変化
使用したカメラは、本サイトでおなじみのキヤノンのPowerShot G1 X Mark IIIと専用の水中ケース(WP-DC56)です。
そして、撮影条件は以下の通りです。
項目 | 設定 |
---|---|
陸上での焦点距離 | 24mm(フルサイズ換算) |
水中での焦点距離 | 32mm(フルサイズ換算) |
撮影距離 | 100mm |
絞り | F2.8、F5.6、F16 |
下は上記条件のF5.6で撮った写真で、左が陸上(水槽に水をはっていない状態)、右が水中(水槽に水をはった状態)です。(赤丸部がピントの合った部分)
陸上 24mm相当 F5.6 水中 32mm相当 F5.6
周囲がのっぺりとした水槽なので、余り画角が変わった気がしませんが、水中(右)でのスケールの端部が凡そ1.3倍大きく写っているのが分かって頂けると思います。
なおこの写真は、被写界深度を確認するため、水平に置いたスケールに対して、僅かにカメラを下に向けて撮っています。
このためスケールに表示された寸法は、実際のカメラからの距離とは異なります。
これに伴いこれからご紹介する被写界深度の読み値は、単位の無い数値だけで記載しています。
以上を知って頂いた上で、上の写真のピントが合っている部分(上の写真の赤丸部分)を拡大すると以下の様になります。
陸上 24mm相当 F5.6 水中 32mm相当 F5.6
この写真を見ると、陸上での最もピントが合っている所は目盛り80で、水中最もピントが合っている所は目盛り100といった感じでしょうか。
カメラの撮影距離を100mmに固定していますので、陸上で水中では異なる目盛りに合焦しています。
先ほどのニコノスのマニュアルに従えば、水中写真においては実際(陸上)の距離に対してレンズの距離設定を3/4に設定しなさいとあります。
この場合、実際の距離が目盛り80なのに対して、レンズの距離を何も変更しなかったので、ピントの合う位置が4/3の目盛り106になる筈ですが、本試験では目盛り100になったという訳です。
多少の誤差はありますが、一応辻褄は合っています。
それでは次に、被写界深度を見てみます。
被写界深度の範囲は更に判別が難しいのですが、スケールの最小目盛りがソコソコ識別できるのを基準にすると、陸上が60~95(範囲35)、水中が85~120(範囲35)という感じです。
という事は、何と被写界深度の範囲は、陸上も水中もピッタリ同じではないですか。
正直かなりビックリです。
試しにF2.8で撮った写真も見てみましょう。
陸上 F2.8 水中 F2.8
これを見ると陸上でのピント位置は82で、水中のピント位置は105といった感じでしょうか。(F5.6では80と100)
陸上でのピント位置が82とすると、その4/3倍が109ですので、105はマズマズ計算通りの値と言っても良いでしょう。
被写界深度を見ると、陸上で73~91(範囲18)、水中が98~115(範囲17)という感じです。
どうやら予想に反して、水中でも被写界深度は変わらない様です。
何故なのでしょう?
水中では24mmのレンズが32mmの望遠寄りのレンズになりますので、被写界深度は浅くなる筈です。
と思ったのですが、すっかり忘れていました。
水中では、レンズの焦点距離だけではなく、ピントの合う位置も変わっているのでした。
だとしたら、もしかしたら下の2つの条件においても、陸上での被写界深度は同じになるのではないでしょうか?
条件\項目 | 焦点距離 | 撮影距離 | 絞り |
---|---|---|---|
条件1(地上) | 24mm | 0.10m | F5.6 |
条件2(水中) | 32mm | 0.13m | F5.6 |
もしそうならば、水中ではレンズの焦点距離が4/3倍望遠になるものの、撮影距離も4/3倍遠くなるので、結果的に水中での被写界深度も同じになったのではないでしょうか?
そうはうまくはいかないと思うのですが、試しに計算してみます。
詰めの確認
そう思って計算した結果が以下です
条件\項目 | 焦点距離 | 撮影距離 | 絞り | 被写界深度 | ||
---|---|---|---|---|---|---|
前方 | 後方 | 前後 | ||||
条件1(地上) | 24mm | 0.1m | F5.6 | 4.4mm | 4.7mm | 9.1mm |
条件2(水中) | 32mm | 0.133m | F5.6 | 4.5mm | 4.6mm | 9.1mm |
被写界深度を見比べて頂きます様に、両者には僅かな違いがありますが、これは同じと見て良いでしょう。
これで水中における、距離や大きさや被写界深度に関する謎が全て解けました。
水中では、レンズの焦点距離が4/3倍になるものの、距離も4/3倍になるので、レンズの撮影距離を同じにしたままだと、陸上より近くにピントが合い被写界深度も同じになるのです。
具体的には、レンズの撮影距離を0.1mに設定して水中に潜ると、0.133m先にピントが合って、その時の被写界深度は、陸上で0.1m先にピントが合っているのと同じになるという事です。
水中では被写界深度は浅くなる
では撮影距離を0.075mに設定して、水中でピントが合う距離を0.1mにした場合の被写界深度はどうなるのでしょう。
前出の写真でしたら、水中でスケールの80に所にピントを合わせて被写界深度を深度を測らなければなりません。
ですが、生憎使用したカメラの最短撮影距離は0.1mのため、取り敢えず計算で0.1mでの被写界深度を求めてみます。
その結果(条件3)が以下になります。
条件\項目 | 焦点距離 | 撮影距離 | 絞り | 被写界深度 | ||
---|---|---|---|---|---|---|
前方 | 後方 | 前後 | ||||
条件1(地上) | 24mm | 0.1m | F5.6 | 4.4mm | 4.7mm | 9.1mm |
条件2(水中) | 32mm | 0.133m | F5.6 | 4.5mm | 4.6mm | 9.1mm |
条件3(水中) | 32mm | 0.1m | F5.6 | 2.5mm | 2.8mm | 5.3mm |
ご覧の様に、被写界深度は陸上と比べて半分ほどになります。
本来ならこの通りになるかどうか、再度試験しなければならないのですが、恐らくこれで間違いないでしょう。
すなわち、水中で陸上と同じ距離にある被写体にピントを合わせれば、レンズの焦点距離が伸びた分だけ被写界深度は浅くなるのです。
具体的には、レンズの撮影距離を0.075mに設定して水中に潜ると、0.1m先にピントが合って、その時の被写界深度は、陸上で100mm先にピントが合っているときより浅くなる。
水中での見え方の違いは画角の違い
折角ですので、水中での物の見え方について、もう少し見ていきたいと思います。
水中 F16 32mm相当 距離100mm 陸上 F16 35mm相当 距離180mm
上左の写真は、レンズの焦点距離を32mmにし、撮影距離を100mmに設定して、水中で撮った写真です。
また上右の写真は、同じ位置関係で、レンズの焦点距離を35mmにし、撮影距離を180mmに設定して、陸上で撮った写真です。
できれば、焦点距離も撮影距離も同じ条件のまま撮影したかったのですが、カメラの仕様上の都合で少々違いがあります。
ですが、両者の写り方(スケールの見え方)は非常に似ているのが分かって頂けると思います。
という事は、水中で物が大きくなり、距離が短く見えるのは、レンズの画角が変わるからだと言って良さそうです。
ただし、水中では画角が変わるだけではなく、先の試験結果にありました様に撮影距離(ピントの合う位置)も変わってしまうというのが、陸上との大きな違になります。
具体的には、陸上でズームレンズを望遠側にしても、ピントの合う距離は変わりませんが、水中では4/3倍の望遠レンズになると共に、ピントの合う位置が4/3倍奥側(遠方側)に寄ってしまうのです。
これを避けるためには、3/4倍ピントの合う距離を変えてやらなければいけないという訳です。
すなわちニコノスのマニュアルにある様に、4mの距離にある物を撮るには、水中では3mの撮影距離に設定しなければいけないという事です。
陸上と水中における見え方の違い
このややこしいのを図にするのは至難の業で、何度も書き直した挙句の結果が以下のイラストになります。
陸上と水中における見え方の違い
(これが本当に合っているかどうかは後世に委ねるとして)これをご覧頂きます様に、水中で写真を撮るのは、陸上で水槽の中を撮るのと同じと言えます。
奥行40cmの水槽に水を入れると奥行30cmに見えてしまう
具体的には画角が3/4倍狭くなる(レンズの焦点距離が4/3倍伸びる)事によって、物が大きく且つ近くに見えます。
このため、水槽に魚を入れると4/3倍に拡大されて見えますので、なるべく小さい魚を飼うのをお勧めします。
また水槽の奥行は4/3狭く見えますので、なるべく奥行のある水槽にした方が賢明です。
話が逸れてしまいましたが、もし水中でマニュアルフォーカスを行なう場合は、見えたままの距離をピントリングに設定すれば良いのです。
それを、水槽を撮影しながら練習するのも良いかもしれません。
まとめ
それではまとめです。
①水中で写真を撮ると、画角が3/4倍狭くなる事によって、被写体までの距離が3/4倍近くなり、被写体が4/3倍大きく見え、レンズの焦点距離は4/3倍になる。
②このため水中で写真を撮る場合は、実際の距離を3/4倍した距離をカメラの距離設定としなければならない。
③この場合、レンズの焦点距離が4/3倍の望遠になった分だけ、被写界深度は浅くなる。
応用問題
これで全て分かって頂いたと思うのですが、最後に応用問題です。
貴方は、被写体まで距離を測るために、スケールを持って海に潜りました。
そのスケールでカメラから被写体までの距離を測ったら、ちょうど30cmでした。
さて、カメラの撮影距離はいくらに設定すべきでしょうか?
答えは22.5cm(=30cm×3/4)です。
ですので、もし水中で使用する接写用スケールを用意したいとしたら、長さ40cmの細長い板を用意します。
水中で使用する接写用スケール
そしてそれに、30等分した目盛りを刻めば、その読み値を直接カメラの撮影距離に設定できます。
本書がお役に立てば幸いです。