ボケ易い単焦点レンズのベスト15
(お勧めポートレート用レンズ)

2018/12: 発行
2019/11: 更新


第5位:58mm F0.95

撮影距離:1.4m

ボケ易い単焦点レンズの135mm F1.8と並ぶ第5位は、今話題の58mm F0.95レンズです。


焦点距離が58mmと、標準の50mmよりも若干長く、何と言っても絞りがF0.95ですので、第3位の85mm F1.2に近いボケ量を期待したのですが、残念ながらそれより2ランク低い135mm F1.8と同程度のボケ量でした。

正確には135mm F1.8より僅かながらこちらの方がボケ量は小さいのですが、四捨五入すると同じ167%なので同率5位という事にしておきます。


NIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noct


それではその、NIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noctです。

 
NIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noct

ご存知の様に本レンズは、ニコン初のフルサイズミラーレス一眼であるNikon Zシーリズ用に新たに開発された、特大のハイスピードレンズです。


Nikon Z7と NIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noct

Nikon Zシーリズは、従来の44mm径(フランジバック46.5mm)のニコンFマウントから、マウント径55mm(フランジバック16mm)のZマウントに刷新されましたので、Fマウントレンズでは叶えられなかった大口径レンズを実現できたという訳です。

ですので、ニコンのレンズ設計陣は、それはもう喜んだ事でしょう。

本レンズの仕様は以下の通りです。

NIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noct(2019年10月受注開始)
最短撮影距離 フィルター径 サイズ 質量
0.5m 82mm 102mm ×153mm 2kg
ピント機構 マニュアルフォーカス
AFモーター 無し
M/Aモード 無し
レンズ EDレンズ4枚、非球面レンズ3枚
コーティング ナノクリスタルコート、アルネオコート、
最前面のレンズ面にフッ素コート
絞り羽枚数 11枚
その他 被写界深度表示用液晶
レンズ根元にコントロールリング
L-Fnボタン(本体のFn1/Fn2ボタンと同機能)
防塵・防滴に配慮した設計

ただし先ほどお伝えしました様にボケの大きさは135mm F1.8レンズと同程度で、残念ながら期待したほどではありません。

このため120万円の価格を考慮すると、ボケ量第2位のAF-S NIKKOR 105mm f/1.4E ED(Fマウント)レンズの方が魅力的だと思わないでもありませんが、いくつか興味深い事が分かりましたのでお知らせしたいと思います。


F0.95の明るさとは

それでは先ず、F0.95とはどれくらい明るいレンズなのかを、お伝えしたいと思います。

ご存知かもしれませんが、F1.0のレンズをAV値(Aperture Value)で表すと基準値のゼロになります。

それに対して、F0.95のAV値を計算すると-0.15(エクセルの数式で表すと=2*LOG(0.95,2))ですので、F0.95のレンズはF1.0のレンズより1/6段(正確には1/6.7段)明るい事になります。

AV値 絞り値
-0.15 F0.95 1/6段
0 F1.0 0段
0.5 F1.2 1/2段
1 F1.4 1段

また市販されている大口径レンズの代表格とも言えるF1.2のAV値が0.5ですので、これと比べると0.65段(2/3段)明るい事になります。

F1.2に対してたった2/3段明るいとは言え、ニコンのブランド名を冠して発売するには、相応の苦労があったのは間違いないでしょう。

ところで、1960年代にはキヤノンから50mm F0.95というレンズが発売されており、それ以降もレンズメーカーからF0.95のレンズが単発的に発売されています。


1961年に発売されたキヤノンの50mm F0.95

ただし何故各社とも、F1.0ではなくF0.95に拘(こだわ)るのかは、謎です。


焦点距離58mmとは

見落としがちですが、焦点距離58mmについてもみておきましょう。


1977年に発売された初代Noct(Ai Noct Nikkor 58mm F1.2)

この58mmという焦点距離は、初代ノクトから使われています。

58mmと聞くと、50mmとさほど画角は変わらないと思われるかもしれませんが、どうしてどうしてそんな事はありません。

下の写真をご覧頂きます様に、見た目でかなりの違いがあるのです。


焦点距離50mm


焦点距離58mm

だったら何故58mmという中途半端な焦点距離になったのかですが、恐らく(初代Noctと同じ焦点距離を踏襲したのと)民生品としての生産ラインに乗せるためには、50mmならF1.2が限界で、55mmならF1.0、F0.95を達成するためにはどうしても58mmにするしかなかった、という所ではないでしょうか。


極めて浅い被写界深度

F0.95の明るさと焦点距離について知って頂いた所で、次にお伝えしたいのは、本レンズの最大の特徴である被写界深度です。

下の表は、本書で毎度お馴染みの各レンズにおけるボケ量(計算値)をレンズの焦点距離順に並べたものです。

フルサイズ対応レンズに於けるボケ量の比較表
(被写体と背景までの距離が6.2mで、バストアップを撮った場合)
# レンズ 有効口径 被写体までの
距離
背景までの
距離
被写体の
写る高さ
ボケ 被写界深度
(mm)
1 35 mm F1.4 25 mm 0.84 m 7.64 m 58 cm 73% 49
2 50 mm F1.8 28 mm 1.20 m 8.00 m 58 cm 78% 63
3 50 mm F1.4 36 mm 1.20 m 8.00 m 58 cm 100% 49
4 50 mm F1.2 42 mm 1.20 m 8.00 m 58 cm 117% 42
5 55 mm F1.2 46 mm 1.32 m 8.12 m 58 cm 126% 42
6 58 mm F0.95 61 mm 1.39 m 8.2 m 58 cm 167% 33
7 85 mm F1.8 47 mm 2.04 m 8.84 m 58 cm 120% 63
8 85 mm F1.4 61 mm 2.04 m 8.84 m 58 cm 154% 49
9 85 mm F1.2 71 mm 2.04 m 8.84 m 58 cm 179% 42
10 105 mm F1.4 75 mm 2.52 m 9.3 m 58 cm 180% 49
11 135 mm F2.0 68 mm 3.24 m 10.04 m 58 cm 151% 69
12 135 mm F1.8 75 mm 3.24 m 10.04 m 58 cm 167% 63
13 180 mm F2.8 64 mm 4.32 m 11.12 m 58 cm 129% 97
14 200 mm F2.8 71 mm 4.80 m 11.60 m 58 cm 138% 97
15 200 mm F2.0 100 mm 4.80 m 11.60 m 58 cm 193% 69
16 300 mm F2.8 107 mm 7.20 m 14.00 m 58 cm 171% 97
注:上記被写界深度は、フォルムベースの許容錯乱円の直径を流用して求めていますので、高精細モニターでじっくり見る場合は、もっと浅い被写界深度になります。

通常はボケ量を見て頂くのですが、今回はこの表の一番右側にある被写界深度の列をご覧頂きたいと思います。

ご覧の様に、本レンズを使ってバストアップの写真を絞り開放で撮影すると、その場合の被写界深度はたったの33mmしかないのです。

他のレンズの被写界深度はどれも40mm以上ですので、さすがF0.95だけあって、断トツの薄さと言っても良いのではないかでしょうか。

この理由ですが、同じ大きさで被写体を撮る場合でしたら、(ボケ量と違って)被写界深度はレンズの焦点距離には殆ど依存せず、絞りの寄与度が非常に大きいからです。

実際この次に被写界深度の浅いレンズは、焦点距離に関わらずどれもF1.2のレンズで、さらにその次がF1.4のレンズだという事からも、分かって頂けると思います。

ただしこの非常に浅い被写界深度をメリットと言えるかどうかは、甚だ疑問です。

なにしろ、いくらポートレートと言えども、ピントの合った所以外は殆どボケてしまうのですから。

ポートレートの場合、どちらかと言えば背景は良くボケて、人物にはそこそこピントが合うレンズの方が使い易いのは間違いありません。

となったら、むしろ同一条件で被写界深度が63mmあって、ボケ量は同率5位の135mm F1.8の方がポートレートには適していると言えるかもしれません。

だったらこのレンズの魅力は大して無いのかと言えば、そんな事はありません。


最適使用条件

本書におきましては、被写体から背景までの距離が6.8mに設定して、バストアップの人物を撮った場合の背景のボケ量で順位付けを行ってきました。

これに対して被写体の全身を写し、更に被写体から背景までの距離を4.5mに近付けた場合の背景のボケ量を調べてみます。

要は、スペースが限られる屋内での全身写真を想定しています。

すると、どうでしょう。


(全身を写し、更に被写体と背景を4.5mにした場合)

上のチャートの様に、何とこの場合は並み居る強豪を抑えて、本レンズが一気にトップに躍り出るのです。

この理由は、以下のボケ量の式から説明できます。

ボケ量=焦点距離の2乗÷絞り値 × |1/被写体までの距離-1/背景までの距離|
  左側の式                右側の式
   

話が少々長くなるのですが、良い機会ですので今回このボケ量の式について、左側の式と右側の式に分けて、じっくり解説したいと思います。

もし不要でしたら、最後のまとめまで飛んで下さい。

【左側の式】

先ず左側の式は、(ご存知の方は多いと思いますが)ボケの大きさは焦点距離の2乗に比例し、且つ絞り値に反比例して大きくなる事を示しています。

ですので、例えば本レンズと50mm F1.4のレンズとボケの大きさを比べると、焦点距離の違いで(58/50)^2=1.35倍、絞りの違いで1.4/0.95=1.47倍、両方を掛け合わせて1.35x1.47=1.98倍、本レンズの方がボケが大きくなります。

この様に左側の式は、レンズの焦点距離と絞り値だけで決まりますので、分かり易いと思います。

【右側の式】

一方、右側の式は、被写体までの距離の逆数と背景までの距離の逆数の差の絶対値が大きいほど、ボケが大きくなる事を示しています。

そう言われても全くピンと来ないと思いますが、これも50mm F1.4のレンズと比べると以下の様になります。

先ず50mm F1.4の場合、バストアップの大きさで写真を撮ると被写体までの距離が1.2mで、背景までの距離を8mとして、これを右側の式に代入すると0.71倍になります。

次に58mm F0.95の場合、バストアップの大きさで写真を撮ると被写体までの距離が1.4mになり、カメラが後ろに下がったため背景までの距離が8.2mになりますので、これを右側の式に代入すると0.60倍になります。

ですので、58mm F0.95のボケの大きさは、50mm F1.4に対して0.60/0.71=0.84倍小さくなるのです。

【全ボケ量】

この0.84倍と先ほどの1.98倍を掛けた1.67倍が、50mm F1.4と比べた58mm F0.95の全ボケ量となり、一番最初にお見せしたチャートの167%になります。

【右側の式の傾向】

この様に右側の式は、被写体までの距離や背景までの距離によって、値がかなり変動します。

具体的には、(これも良く知られている話ですが)被写体が近いほど大きくなり、背景が遠いほど大きくなります。

ですので、(これは全く知られていませんが)同じ大きさで人物を撮る場合でしたら、被写体に近付く広角系のレンズ程この値が大きくなるのです。

すなわち、(驚かれるかもしれませんが)右側の式においては、広角ほど背景のボケは大きくなるのです。

ただし広角系のレンズですと、左側の式(焦点距離の2乗)の効果が殆どない(小さい)事から、トータルすると望遠系のレンズと比べてボケを大きくする事はできません。

一方本レンズの場合、被写体の全身を写し、更に被写体から背景までの距離を4.5mまで近づけた状態においては、右左の式の値が中庸となる事から、一気にトップに躍り出るという訳です。

ただし、被写体にもっと近づいたり、背景から離れると、望遠系のレンズが徐々に有利になっていくという訳です。

【まとめ】


ですので、もしこのレンズを使ってポートレートを撮るのでしたら、背景が比較的近く(5m以内で)、且つ全身像を狙うのが最適な使用条件(他のどんなレンズより背景をぼかす事ができる)と言えます。

すなわち、ワークスペースの限られる屋内の撮影において、全身を入れて背景を最大限ボカスには本レンズが最強という訳です。

写真の良し悪しは感性に起因する所が大きいかもしれませんが、高価なレンズにおいては、こうやってシミュレーションをして使いこなす必要があるかもしれません。

ところがニコンの公式HPにある作例写真は、以下の様に屋外で撮影した上半身の写真しかアップされていません。


NIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noctの作例写真

点光源のある屋内で全身を撮影した写真も、是非見てみたいものです。




第5位:58mm F0.95
/ボケ易い単焦点レンズのベスト15





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