露出アンダーで撮った方が良いの大いなる誤解

2020/08/13:発行

目次



1. はじめに


こんな話を聞かれた事はありませんでしょうか。

カメラの写真は、少しアンダーで撮っておいて、後で現像で持ち上げた方が綺麗になる

或いは、白く飛んでしまった写真は現像で救済できないので、むしろアンダー気味に撮っておいた方が良い

そんな事を聞くと、だったら適正露出より常に露出補正を-1段程度にして撮っておこうと思う方もいらっしゃるのではないでしょうか?

ですが、どれも大間違いです、とまでは言わないまでも、写真は今も昔も適正露出で撮った方が一番綺麗なのです。

さらに、もし後でRAWファイルを現像したいのならば、低感度(例えばISO100)の適正露出で撮っておくのが一番調整幅が広くなるのです。

その理由を分かり易くお伝えしますので、最後までご一読頂ければ幸甚です。


2. カメラのダイナミックレンジとRAWファイルの関係


それでは先ず、カメラのダイナミックレンジとRAWファイルの関係をお話しします。

先ずカメラのダイナミックレンジとは、カメラの1回の露出で写す事ができる光(明るさ)の範囲です。

下のチャートは日常光の明るさの範囲と、カメラで写せる明るさの範囲を示した図です。


日常光とカメラのダイナミックレンジの関係

これをご覧頂きます様に、日常光の明るさの範囲が140dBあるのに対して、当然ながらカメラのダイナミックレンジはそれより狭い80dB前後です。

ですのでこのチャートの場合でしたら、曇天の明るさから薄明かりの範囲までを1枚の写真として取り込む事ができるものの、この青い矢印より上側は真っ白になり、青い矢印より下側は真っ黒になるという訳です。

これでもし(ISO感度は変えずに)絞りを1段絞ったり、シャッタースピードを1段速くして露光量を1EV少なくすれば、下の図にあります様に青い矢印は1EV(6dB)上に移動し、曇天以上の明かるさでも白飛びしないで取り込む事ができます。


もし露出を1段アンダーにすると青い矢印が6dB上に移動する

ただし、被写体の明るさがが同じであれば、当然ながら露出アンダーの画像になります。

なおこの80dBという値は、これまた当然ながらカメラの機種によって異なり、1画素が大きい程光を取り込める量が多くなり、それに比例してダイナミックレンジも広くなります。

具体的には、もし撮像素子の大きさが同じで画素数が2倍になれば、1画素の大きさは1/2になりますので、ダイナミックレンジも半分の74dB(6dB低下)になり、もし画素数が半分(1/2)になればダイナミックレンジは2倍の86dB(6dBアップ)になります。

なお今後も、このEV値と倍率とデシベル(dB)の数値がちょくちょく出てきますので、参考でこれらの換算表を下に貼付しておきます。(3者の関係を詳しく知りたければこちらへ)

EV値と倍率とデシベルの関係
EV値 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
倍率 1倍 2倍 4倍 8倍 16倍 32倍 64倍 128倍 256倍 512倍 1024倍
デシベル 0dB 6dB 12dB 18dB 24dB 30dB 36dB 42dB 48dB 48dB 60dB

最近では、ソニーのα7S III(1200万画素)の様に15+ストップ(90dB)を標榜する機種まで現れました。

それから計算すると、フルサイズ機で一般的な2400万画素のダイナミックレンジは計算上84dBになりますが、ここでは切り良く80dBという事にしておきます。

次にRAWファイルですが、この80dBの光の範囲を1色14ビット(16000諧調)にアナログ/デジタル(A/D)変換したデータが入っています。


ビット数が多いほど諧調性(濃度変化)が滑らかになる

以前は12ビット(4000諧調)程度だったのですが、先ほどのα7S IIIにおいては何と16ビット(64000諧調)を採用しているそうです。

さて、ここまで聞かれると、一つ疑問が湧いてきませんでしょうか。

昼間の曇天の明るさからロウソクよりも暗い薄明かりの範囲までを1回の露出で撮れるものなのか。

そんな写真なんか、今までに見た事がないぞと。

確かにおっしゃる通りです。

その疑問を引きずったまま、次に行きます。


3. JPEGのダイナミックレンジ


それでは次に、画像ファイルの中で最も一般的なJPEGファイルのダイナミックレンジをご紹介します。


JPEGファイルのダイナミックレンジは凡そ40dBと想定する

上の図をご覧頂きます様に、JPEGファイルのダイナミックレンジは40dB程度です。

と言いたい所ですが、JPEGファイル自体はただの画像ファイルなので、当然ながらそれ自体にダイナミックレンジはありません。

ですが、JPEGファイルは元々PCのモニターで画像を見るために開発されたものですので、モニターのダイナミックレンジのである40dBと似た様なものだろう想定しても大きな間違いではないでしょう。

更にJPEGファイルは、1色12ビットでたったの256諧調のデータしか持っていません。

そんな訳で、RAWファイルがカメラの80dBの光の範囲のデータを持っているのに対して、JPEGファイルがそれより狭い40dBの光の範囲のデータしか持っていないとすると、これでいくつかの疑問が解消するのではないでしょうか。


①ダイナミックレンジの広い写真を見ない理由

先ず分かる事が、先ほどお伝えした様にRAWファイルが曇天の明るさから薄明かりの範囲までのデータを持っているのに対して、JPEGファイルは事務所からロウソクの明るさの範囲までのデータしか入っていないのです。

ですので、通常曇天の明るさから薄明かりの範囲まで写っている様な写真を見る事はないのです。

ちなみに80dBのダイナミックレンジの画像を無理やりJPEGファイルに変換して、40dBのモニターに映し出す事も可能なのですが、その場合コントラストの無いかなり不気味な画像になります。


②RAWファイルは何故明るさを調整できるのか

そしてもう1つ分かるのが、RAWファイルを現像してJEPGファイルに変換する際、画質の劣化無しに画像を明るくしたり暗くしたりできる事です。

この理由は、RAWファイルはJPEGファイルより遥かに多いダイナミックレンジの情報を持っているからです。


RAWファイルの下側のデータを持ってくれば画質の劣化なしで画像を明るくできる

具体的には40dBのJPEGファイルに対して、80dBのRAWファイルは両端に20dBずつの余裕があります。

この20dBをEV値に変換すると3.3EVですので、RAWファイルを現像すると、画質の劣化無しに明るさを上下に3.3段分調整できると言う訳です。

例えば上の図の様にRAWファイルの下の部分を抜き出せば、それまで黒く潰れていた個所も、画像を取り込めるのです。

ただしそのまま取り込んだら暗い画像のままですので、RAWファイルの16000諧調(14ビット)の内暗い方の256諧調(8ビット)をJPEGファイルにダウンコンバートすれば、画質の劣化もなく自然な諧調で3.3段分明るくする事ができるという訳です。

ですのでRAWファイルを現像して露光量を調整するという事は、それまで引き出しに仕舞い込んでいて日の目を見なかった画像データを取り出す様なもので、Photoshopの様にJPEGファイルにデジタル処理を施すのとは全く異なるという事です。

ただし後でも触れますが、ダイナミックレンジの両端(青い矢印の両端)部分は、中央部分に比べて入力(受光量)に対する出力の直線性が劣りますので、3.3段分明るくして実際に撮った写真と比べれば、当然ながら若干諧調性は劣る事になります。


ダイナミックレンジの中央部分が最も直線性(諧調性)が良い

そんな訳で、RAWファイルはあくまでも写真の微調整用だと思って頂いて、基本は撮影時に適正露出になる様にひたむきに努力すべきだとうのが本書の主張です。


③ライブビューで見ているのはJPEG画像
2020/8/17:追記

ついでにこの話もここでしておきましょう。

ミラーレス一眼でしたらファインダーとモニター、一眼レフでしたら背面モニターにライブビューや撮影後の画像が表示されます。

これは、当然ながらJPEGファイルを見ているです。

何が言いたいかと言えば、RAWファイルではないという事です。

という事は、モニターに表示されているヒストグラムもJPEGファイルにおける光の分布を表しており、もしRAWファイルで記録していれば、もっと左右に広い光の分布が記録されているという訳です。


ヒストグラムは、あくまでもJPEGファイルにおける光量の分布を示している

また白飛びや黒潰れ個所を示すゼブラ表示も、JPEGファイルにおける白飛びや黒潰れ個所を示しており、RAWファイルには白飛びしていないデータがしっかり残っているという訳です。


ゼブラ表示もJPEGファイルにおける白飛びや黒潰れ個所を示している

ですので、折角容量の大きなRAWファイルで記録しているのであれば、構図の邪魔になるヒストグラムやゼブラ表示は不要だと思うのですが、いかがでしょうか。


4. 露出アンダーで撮ったらどうなるのか


ここまで分かった所で、いよいよアンダー気味の露出で撮影してRAWファイルを現像したらどうなるかを考えてみます。

具体的には、絞りもしくはシャッタースピードを調整して1段分アンダーにした場合を考えてみます。

すると下の図にある様に、青い矢印が破線の矢印の様に1EV(6dB)分上に移動します。


1段アンダーで撮って現像で1段明るくしても適正露出と同じ画像になる

次にそのRAWファイルを現像で1段分明るくすると(青い破線矢印の下側部分をJPEGに取り込むと)、結局適正露出で撮ったのと同じ画像になってしまうのが分かって頂けるでしょうか。

ただし先ほどもお伝えしました様に、ダイナミックレンジの中央部分の直線性が最も良いので、理論的には適正露出で撮って、その中央部分をJPEGファイルに抜き出すのが最も画質(諧調性)が良いと言えます。

そんな訳で、露出をアンダーで撮って現像で明るくしても、適正露出には敵わない事をご理解頂けましたでしょうか。

また露出アンダーで撮れば、確かに適正露出のRAWファイルより白く飛んだ写真を救済する事が可能になります。

ただしその場合、その幣害として当然ながら黒く潰れた写真を救済できなくなってしまいます。

ですので、これはあくまでも(ハイライトを優先するかシャドーを優先するかの)好みの問題であり、一般論として露出アンダーが優れているという事にはならないと思うのですが、いかがでしょうか。

これで一件落着としたい所ですが、本書はまだ続きます。

ここでまた脱線です。

ネットの記事を読むと、フィルム時代もアンダーで撮った方が良いと言われていた、との記述が見受けられます。

ですがその昔、カメラ雑誌3誌(カメラ毎日、アサヒカメラ、日本カメラ)を毎月発売日に書店で長々と立ち読みしていた身からすると有り得ない話です。

当時それらの雑誌に載っていた記事は、いかにして適正露出にできるかの話のオンパレードでした。

何故ならば、フィルム時代は現像が終わらない限り、撮った写真を見れなかったのですから、適正露出で撮るのに苦労していた時代に、アンダーで撮る事など全くの論外の話だと言えます。

また中央部重点測光や、平均測光、部分測光、スポット測光、評価測光は、いかにしたら適正露出にできるかを突き詰めていった結果から生まれてきたのです。

さらには、ポジフィルム(この呼び名も不自然で、写真をやっていた方ならリバーサルフィルムと呼ぶでしょう)は特にアンダーで撮った方が良いと言われていた、との記述に至ってはもう絶句です。

フジクロームやコダクローム64、或いはエクタクロームならまだしも、コダクローム25でしたら露出を1/3段間違えただけで明らかに適正露出から外れ、もし露出が1段でもずれ様ものなら真っ白(透明)もしくは真っ黒と言いたいくらいの狭いラチチュードでした。


粒状性、発色性ともピカ一だったコダクローム25

にも関わらず、それをアンダーで撮った方が良いとは正に笑止千万です。

更にはポジフィルムを増感したとまで書かれています。

そもそもリバーサルフィルムの増感などやってはくれるラボなどありませんし、それ以前に増感するならリバーサルフィルムなど使う筈もありません。

今となれば、五反田の東洋現像所が懐かしい。


5. ISO感度を変えたらどうなるのか


さて、今まではISO感度を同じにして、絞りもしくはシャッタースピードを変えて露出をアンダーにしてきました。

次は、ISO感度を変えて露出を変えたらどうなるか考えてみたいと思います。

その場合も、絞りやシャッタースピードを変えたのと同じだと思われるかもしれませんが、実は違うのです。

では何が変わるかと言えば、ISO感度を変えるとダイナミックレンジの幅も変わってしまうのです。

その理由ですが、例えば同じ露出の写真をISO感度100と200で撮ったとします。

その場合、ISO100に対してISO200にすると、(絞りを1段絞るか、シャッタースピードを1段上げるため)1画素の受光量は1/2になります。

という事は、1画素の大きさが1/2になったのと同じ事になりますので、これに伴ってダイナミックレンジも1/2に低下するのです。

ではダイナミックレンジが1/2になるという事は、デシベルではどれくらい低下するかと言えば、下の表にあります様に6dB小さくなり、ISO感度を2段上げると12dBも小さくなるのです。

EV値と倍率とデシベルの関係
EV値 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
倍率 1倍 2倍 4倍 8倍 16倍 32倍 64倍 128倍 256倍 512倍 1024倍
デシベル 0dB 6dB 12dB 18dB 24dB 30dB 36dB 42dB 48dB 48dB 60dB

ですので、ISO100の時にダイナミックレンジが80dBだとすると、ISO200にするとダイナミックレンジは74dBになり、ISO400にすると68dBにまで低下してしまうのです。

何枚もRAWファイルを現像していて、救済し易い写真とし難い写真があるのは、これが理由です。

あくまでも計算上の話ですが、ISO10000にまで上げるとダイナミックレンジは40dBとなり、RAWファイルであってもJPEGと同じダイナミックレンジになってしまうのです。

という事は、このRAWファイルを現像でいくら明るくしようとしても、(明るくなるものの)ノイズがどんどん増えて画質の劣化無しには明るさの調整はできないという事になります。

逆に、もし常用ISO感度を50にすれば、ダイナミックレンジは86dBに拡がるのです。

と言う事は、ISO感度を下げて露出アンダーにすると、RAWファイルの明るさの調整幅は適正露出より拡がる事になります。

そう聞くと、だったらやっぱりISO感度を下げて露出アンダーで撮った方が良いと思われるかもしれません。

ですが、それも間違いです。

確かにISO感度を下げて露出アンダーで撮影すれば、現像で明るくしたり、暗くしたりできる幅が拡がります。

ですが下の図にあります様に、露出アンダーで撮っているのですから、当然現像では明るくする方向に調整する事になります。


ISO感度を1段下げて露出を1段アンダーにした場合と適正露出との比較

という事は、上の図にあります様に結局ISO感度100のまま適正露出で撮ったのと、同じ画像になってしまうのです。

ただしその場合、(幣サイトの計算が正しければ)更に明るい方向に画像を調整しようとすると、適正露出で撮った場合より1dB(0.1EV)だけ露出アンダーの方が調整代は広くなるというメリットはあります。

ですが、たったの0.1段ですので、然程意味があるとは思えません。

むしろ先ほどお伝えしました様に、ダイナミックレンジの端部を取り込む事により、露出アンダーの方が僅かながら直線性(諧調性)が劣る事になります。

そんな訳で、ISO感度を下げて露出アンダーで撮っても、適正露出と比べて、画質が良くなるという事は無いと言えます。


6. まとめ


それではまとめです。

1. カメラの写真は、少しアンダーで撮っておいて、後で現像で持ち上げた方が綺麗になると言われているが、以下の理由により間違いである。

①絞りもしくはシャッタースピードを調整して露出アンダーにしたRAWファイルを明るく現像すると、適正露出より諧調性の劣る部分を使う事になるので、適正露出の画質より綺麗になる事はない。

②ISO感度を下げて露出アンダーにしたRAWファイルを明るく現像すると、ダイナミックレンジが広くなる事によって調整幅が広がるものの、適正露出より諧調性の劣る部分を使う事になるので、適正露出の画質より綺麗になる事はない。

2. また露出アンダーで撮れば、確かに適正露出のRAWファイルより白く飛んだ写真を救済できる可能性が高くなるものの、その幣害として当然ながら黒く潰れた写真を救済できなくなってしまう事から、一般論として露出アンダーが優れているという事にはならない。

3. ダイナミックレンジはISO感度が低いほど広くなるので、もし後でRAWファイルを調整して写真を仕上げたいのならば、極力低感度(例えばISO100)の適正露出で撮っておくのが良い。


おまけ


最後におまけの話です。

例えば2400万画素のフルサイズ機にISO100におけるダイナミックレンジが80dBだとしますと、スマホ(1/2.3型の1200万画素)のダイナミックレンジはどれくらいだと思われるでしょう。

小さい撮像素子なので、せいぜいJPEGファイルと同じ40dBほどだと思われませんでしょうか。

ですが何と57dBもあるのです。

という事は、±1.4段の明るさ調整が可能なのです。

またこの57dBのダイナミックレンジとは、2400万画素のフルサイズ機をISO1450(1200万画素ならばISO2900、4800万画素ならISO725)にした場合と同じになります。

そんな訳で、もしダイナミックレンジにおいてスマホより優位に立ちたいのでしたら、このISO感度より低くして撮る必要があります。

逆に言えば、これ以上のISO感度で撮るとスマホの方がダイナミックレンジが広くなる可能性があるという事です。

恐るべしスマホではないでしょうか。




露出アンダーで撮った方が良いの大いなる誤解





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