表面照射型撮像素子の逆襲
2020/08/20:発行
2022/01/02:最新更新
2022/01/02:最新更新
はじめに
最近のデジタルカメラにおきましては、ソニーが先行する裏面照射型撮像素子が主流になりつつあります。
何しろ、下の図にあります様に配線がフォトダイオードの上に存在する表面照射型撮像素子より受光面を広くできるのですから、感度においてもダイナミックレンジにおても有利なのは間違いありません。
ソニーの裏面照射型撮像素子の説明図
ところがここへ来て、その常識を覆す由々しき事態が発生しました。
その由々しき事態とは何か、裏面照射型撮像素子の欠点を含めて、これからじっくりご説明させて頂きますのでとくとご覧あれ。
最大常用ISO感度
それでは先ず、下のチャートをご覧頂けますでしょうか。
これは現行フルサイズ機のISO感度を横棒グラフにして、最大常用ISO感度の高い順に並べたものです。
フルサイズカメラのISO感度スパン(最大常用ISO感度順)
このチャートを(赤丸を無視して)ご覧頂きます様に、高感度の上位機種はいずれも1200~2000万画素の低画素機になります。
この理由は、(ご存知の通り)ISO感度は1画素の大きさに比例しますので、1画素の大きな低画素機ほど有利になるからです。
また既にお伝えしました様に、表面照射型より裏面照射型撮像素子の方が当然有利になります。
従来はそれで済んでいたのですが、上のチャートを更にじっくり見ると、飛んでも無い事に気付きました。
機種が多いので先にヒントをお伝えしておきますと、上のチャートで赤丸を付けておきました最新鋭機においてそれが起きているのです。
なお常用ISO感度につきましては、各社で算出方法が多少異なるのですが、カメラが普及して既に20年以上が経過していますので、感度の優劣を最大常用ISO感度で判断しても問題ないという事で話を進めさせて頂きます。(ただしPentaxは除く)
α7S IIIの高感度特性は先代と同じ
先ずアレと思ったのが、α7S III(1200万画素)のISO感度です。
新たに裏面照射型撮像素子を搭載しながらα7S IIIの最大常用ISO感度は先代と同じ
α7Sシリーズにおいては、本機から従来の表面照射型から裏面照射型撮像素子に変更になったのですが、常用ISO感度の低域側がISO100からISO80に下がったものの、最大常用ISO感度は従来と同じ102,400のままなのです。
機種 | α7S II | α7S III |
画素数 | 1200万画素 | 1200万画素 |
撮像素子 | 表面照射型 | 裏面照射型 |
最大常用ISO感度 | 102,400 | 102,400 |
仮に低域側を80から100に上げたとしても、最大常用ISO感度は1.25倍の128,000です。
2400万画素のα7 IIが、裏面照射型に変わったα7 IIIにおいては、最大常用ISO感度が25,600から2倍の51,200にアップしたので、α7S IIIもそれくらいアップすると思っていたので、飛んでも無い肩透かしです。
この理由ですが、元々フルサイズの1200万画素ですと、1画素がそれなりに大きいので、裏面照射型にしてもそれほど1画素の受光量は変わらないという事なのでしょう。
すなわち、低画素機の場合、高画素機ほど裏面照射型撮像素子にするメリットは薄いという事です。
これ自体大した発見でもないのですが、これから徐々にインパクトが大きくなっていきます。
EOS R6の最大常用ISO感度はα7S IIIと同じ
次にオヤと思ったのが、EOS R6のISO感度です。
間もなく登場が噂されるEOS R6
本機は2000万画素で、α7S IIIより1.6倍も高画素でありながら、最大常用ISO感度はα7S IIIと同じ102,400を達成しているのです。
機種 | α7S III | EOS R6 |
画素数 | 1200万画素 | 2000万画素 |
撮像素子 | 裏面照射型 | 表面照射型 |
最大常用ISO感度 | 102,400 | 102,400 |
それだけならまだしも、EOS R6の撮像素子は最新のEOS-1DX IIIの撮像素子を流用しているとは言え、旧式の表面照射型なのです。
にもかかわらず、最新の裏面照射型撮像素子を搭載している1200万画素のα7S IIIと、同等の高感度特性を持っているのです。
とは言いながらも、先ほどお伝えしました様に、低画素機であれば裏面照射型にしても大したメリットは無いので、こんな事もあるだろう、という程度に思っていました。
ところが、数日経過してまたまた新たな発見をしてしまいました。
EOS R5の最大常用ISO感度はα7 IIIと同じ
それが何かと言いますと、4500万画素の高画素機であるEOS R5が、2400万画素で裏面照射型撮像素子を搭載しているα7 IIIと同じ最大常用ISO感度51,200を達成している事です。
表面照射型撮像素子を採用したEOS R5の最大常用ISO感度はα7 IIIと同じ
オマケに本機の撮像素子も、キヤノン製ながら旧式の表面照射型なのです。
ちなみに、4200万画素で裏面照射型のα7R IIIでも、最大常用ISO感度は32,000です。
機種 | α7 III | EOS R5 | α7R III |
画素数 | 2400万画素 | 4500万画素 | 4200万画素 |
撮像素子 | 裏面照射型 | 表面照射型 | 裏面照射型 |
最大常用ISO感度 | 51,200 | 51,200 | 32,000 |
ですので、表面照射型ながら4500万画素で最大常用ISO感度51,200を達成しているのは、かなり凄い事だというのは分かって頂けると思います。
という事は、今まで旧式だ旧式だとバカにしていた表面照射型撮像素子の感度特性の方が、裏面照射型撮像素子より上なのです。
となると、その理由は何なのでしょう。
キヤノンが、何か飛んでもない技術的ブレークスルーを達成したのでしょうか?
それとも一般論として、表面照射型はまだまだ枯れた技術では無かったのでしょうか?
そんなスッキリしない思いでいた所、その答えとなる衝撃の事実が舞い込んできました。
Nikon Z 5はNikon Z 6と同じ最大常用ISO感度
それがニコンから2020/8に発売されたNIKON Z 5です。
Zシリーズで最廉価版となるNikon Z 5
本機はNikon Z 6と同じく2400万画素の撮像素子を搭載しているのですが、Nikon Z 6がソニー製の裏面照射型撮像素子を採用しているのに対して、メーカー不詳(恐らくタワーセミコンダクター製)ながら本機は表面照射型を採用しているのです。
にも関わらず、最大常用ISO感度はNikon Z6(或いはα7III)と同じISO51,200を達成しているのです。
機種 | Nikon Z6 | Nikon Z 5 | α7 III |
画素数 | 2400万画素 | 2400万画素 | 2400万画素 |
撮像素子 | 裏面照射型 | 表面照射型 | 裏面照射型 |
最大常用ISO感度 | 51,200 | 51,200 | 51,200 |
すなわち、製造コストの安い表面照射型撮像素子を採用していながら、それより高い裏面照射型撮像素子と最大常用ISO感度は同じなのです。
これで皆様も疑問が解けたのではないでしょうか?
そうなのです。
表面照射型撮像素子は、裏面照射型より本質的に性能は劣ると思い込んでいたのですが、実はそうではなく、まだまだ改善の余地があったという事です。
そして少なくとも現時点においては、Nikon Z 5では裏面照射型に追い付き、EOS R5とR6においてはそれを追い抜いてしまっているのです。
裏面照射型の受光面には無用なガラスが乗っている
では何故旧式と思っていた表面照射型が、裏面照射型撮像素子の感度を追い抜いてしまったのでしょう。
誰がどう考えても、配線が受光素子の下にある方が、間違いなく優れている筈です。
そこで強いて思い付くのが、裏面照射型撮像素子の受光素子の上に付いているシリコン基板(シリコウェハ)の存在です。
集積回路のベースとなるシリコン基板
先にお見せした表面照射型と裏面照射型撮像素子の説明図を、もう一度見て頂けますでしょうか。
裏面照射型の場合、受光素子とRGBフィルターの間にシリコン基板が存在する
左側の表面照射型撮像素子(従来構造)の場合、この絵には描かれていませんが、一番下にシリコン基板があり、その上にに受光素子(フォトダイオード)やら配線やらRGBフィルターやら集光レンズ(上図のギャップレスオンチップレンズ)を乗せて作っていきます。
それに対して裏面照射型撮像素子の場合は、同じ様にシリコン基板の上に受光素子やら配線を乗せたら、それを一度反転してRGBフィルターや集光レンズを乗せていきます。
という事は、下の図にあります様に受光素子とRGBフィルターの間に、シリコン基板が1枚残っているのです。
裏面照射型撮像素子の受光素子の上には不要なシリコン基板が1枚残っている
そのため(このシリコン基板の光学的な影響を避けるため)、元々厚さ1mm近くあったこのシリコン基板を、何と数ミクロンの薄さになるまで後加工しているのです。
それやこれやで、当然ながら製造コストも上がります。
そして、無用なガラス(シリコン基板)が1枚あるので、この点においては表面照射型より不利なのは間違いありません。
一方表面照射型の場合、受光素子の上にそんな無用なガラス基板は無いので、ひたすら配線を工夫する事によって、裏面照射型より安くて集光効率を上げた撮像素子を製造する事ができるという訳です。
裏面照射型撮像素子は低感度でノイズが発生し易い
2020/10/7:追記
更にです。
裏面照射型のデメリットはもう一つあるのです。
表面照射型の場合、受光素子の下は同じ材料である単結晶のシリコン基板ですので、異なる材料との境界面は配線層の一つしかありません。
裏面照射型撮像素子には材質の異なる境界面が二つある
ところが裏面照射型の場合、シリコン基板の上にRGBフィルターとオンチップレンズ、受光素子の下に配線層と、材質の異なる境界面が受光素子の上下に2つある事により、低感度のノイズが発生し易いという性質があるのです。
このノイズを抑えるためにあれやこれやの対策で目立たなくしているのですが、低感度の画質の素性としては、(境界面の数が半分の)表面照射型の方が2倍優れていると言えます。
裏面照射型撮像素子は混色が起き易い
2021/01/02:追記
そしてもうつの問題が混色です。
もう一度、表面照射型と裏面照射型撮像素子の説明図を見て頂けますでしょうか。
表面照射型の場合、隣の受光素子との間に遮光されている
左側の表面照射型(従来構造)の場合、受光素子の周囲が配線層によって遮光されています。
一方裏面照射型の場合、隣り合う受光素子の間に遮光板が無いため、隣の光が入り込んでくるのです。
近接した隣の光が入る事はそれほど問題ではない様に思うかもしれませんが、ご存知の様に隣の光は異なるカラーフィルターを通った光ですので、当然ながらそれが入り込むと色の再現性が低下する事になります。
これを混色(クロストーク)と呼び、これまた集光レンズの精度を上げたりする事で目立たなくしているという訳です。
今後どちらが主流になるかは不明ですが、少なくとも現時点においては、低画素機も高画素機も表面照射型が裏面照射型より上を行っているのは間違いなさそうです。
まとめ
それではまとめです。
従来、表面照射型より裏面照射型撮像素子の方が、製造コストは掛かるものの、性能的には上だと思われていたが、少なくとも現時点(2020年)においては、低画素機も高画素機も表面照射型の方が性能が優れている。
その根拠は、以下の通りである。
①受光素子が大きいと、裏面照射型にしても1画素当たりの受光量はそれほど変わらないものの、新たに裏面照射型撮像素子を採用した1200万画素のα7S IIIの最大常用ISO感度は、表面照射型で1200万画素の先代と同じ12,800であった。
②一方同じく2020年に発表されたEOS R6においては、2000万画素の表面照射型を採用しながら最大常用ISO感度はα7S IIIと同じ12,800を達成している。
③さらに表面照射型のEOS R5(4500万画素)においては、最大常用ISO感度は51,200に達しており、α7R III(4200万画素の裏面照射型)の最大常用ISO感度である32,000を超え、同じくでα7 III(2400万画素の裏面照射型)の最大常用ISO感度と同じである。
④また2020年8月に発売されたNikon Z 5(2400万画素)においては、表面照射型ながら裏面照射型のNikon Z 6(2400万画素)と同じ最大常用ISO感度を達成している。
⑤表面照射型が裏面照射型を追い抜いた理由は、裏面照射型よりノイズが少ない事と、受光素子面上の配線による光の損失を抑えたためと推測する。
⑥また裏面照射型も健闘してはいるものの、低感度のノイズ特性は理論上表面照射型の方が2倍優れている。
これで表面照射型が枯れた技術でない事を、ご納得頂けましたでしょうか?